概念獲得にはやっぱり具体物操作が必要?


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前回のポストに続いて、これは小金井市立前原小学校・小学校5年生の授業研究その2。

あらかじめお断りしておくが、私は教育工学・教育方法論の一環としてICTを扱う者なので、いわゆる授業研究のプロではない。教科学習論的にはおそらくツッコミどころ満載だと思うが、そこは別途コメントいただくとしよう。

ICTで学習を制御するアイデアは1960年代にさかのぼるのだが、その目的が「学習の個別化」であったことは言うまでもない。
筆者は基本的に「学習の個別化」支持だから、授業スタイルとしての講義型や協働型の一斉授業を無条件肯定しないし、むしろ、同じ空間と時間を共有するメリットを最大化するなら、一斉授業の適用場面はかなり絞り込むべきと考えている(これは現在の多数派がICTの適用を限定的にとらえるのとは逆)。
一斉授業は教える側に都合は良いが、構造上、落ちこぼれと吹きこぼれの問題から完全に自由になれないからだ。

 

では、ICTでは扱いきれないから、リアルな操作場面や他者存在が本当に有効な場面とは何だろう?

例えば、デジタル教科書推進に対して、理数系学会教育問題連絡会が提出した”「デジタル教科書」推進に際してのチェックリストの提案と要望”(2010)では、実験や観察の実体験、筆記用具を用いた作図や計算、自発的な学習内容の記録・整理、話し合いの学習活動、などが強調されている。
その主張に十分な科学的裏付けがあるかどうかは別として、「概念獲得のための具体物操作」こそは実体験が優位に働くと、多くの人が同意するのではないか?

教授学習場面における具体物利用の理論的背景は佐藤(2014)が詳しい。たとえば、算数の抽象的概念を獲得させる場面で具体物を積極的に利用することがすすめられるのは、ピアジェの発達段階説やブルーナの認知発達論が背景にあるからだ。ピアジェの発達段階説では7~11歳は具体的操作期とされ、記号操作などの抽象的思考はその後の形式的操作期で可能になると言われ、具体的操作期の子どもの思考は具体物を介して行われる。
また、算数の教科教育に限った用語だと思われるが、具体物操作の先には「念頭操作」があり、立体物を擬似的に平面で表したり、操作したり、といった段階が想定されている。ICTでは立体物を自在に表現できないので、画面上に表示される提示物は擬似立体、すなわち念頭操作だということになるのだが、立体の念頭操作は難しいという指摘(佐賀県教育センター,2003)もある。「具体物操作を介して概念獲得させるべき」説はかなり有力だ。

 

さて、先日の小金井市立前原小学校の小5算数の授業は体積を扱う1時間目で、まさに具体物操作・念頭操作・抽象化を扱う内容だった。
授業の問いは3×3×3の立方体と2×4×3の直方体の展開図を示して「どちらの箱が大きいか」というもの。問いに対して「どのような確かめ方でもよいから、各自比べる方法をタブレット画面にまとめる」が1時間目のゴールである。

授業前半の児童回答は次の通り(うち、授業のねらいである具体物/念頭操作方略は2つ)

作ってならべてみる

 a 面積を比べる・辺の長さを比べる
—- 既習事項の辺の長さと表面積に注目した方法
b 組み立てた箱の中に同じ大きさのモノがいくつ入るか詰め込んでみる
—- 体積の概念獲得としてはこちらが正解

c 実は体積の公式知っているもんね
—- 約1/3が該当、こういう授業で最初に正解を言われては身も蓋もないが

確かめる方法として先生が学習材として用意したのは、

1)  展開図に開く事が可能なリアルな立方体と直方体(具体物操作)
2) タブレット平面上で操作可能な立方体・直方体の透視図と1立方センチの透視図ブロック(念頭操作)

この結果、実に興味深いことが起こった。

1) で比較を始めた子ども達は、利用可能なツールは定規だけで、中に詰め込む1立方センチの箱が用意されなかったので、全員がa 展開図に開いて辺の長さを書き取り、表面積を求める方に自然に誘導された。実際には表面積と体積の大小は一致しない事もあるから、答えとしては間違いなのだが、具体物操作の段取りとしては正しい。
前記事で示した通り、そのプロセスを写真や言葉で補いながらタブレット上に表現するスキルがあることも見て取れた。もし、中に詰め込む1立方センチの箱がたくさんあれば、具体物操作から体積概念の獲得までをうまく導く事が出来ただろう。これは本当に残念。

具体物操作として、立体を展開して辺の長さを測っている

具体物操作として、立体を展開して辺の長さを測っている

1) a(表面積)で解いた子どもの式は

立方体)
3×3=9
9×6=54 54cm2
直方体)
3×4×2=24
4×2×2=16
3×2×2=12
24+16+12=52 52cm2立方体の方が大きい

ということになる。

2) で比較を始めた子ども達は、立方体・直方体透視図に1立方センチのブロックを適切に配置出来ないケースが続出した。子どもの操作を見ると、1立方センチのブロックをどう扱って良いのか分からない様子で、明らかに混乱が生じている(動画)。大半の子が途中でこの方法を断念して1) の方法に切り替えた。
原因の1点目は、タブレットのインタフェースが悪いこと。納められる側(立方体・直方体)は固定しておくべきだったし、1立方センチのブロックは、はめ込みやすいようにスナップさせるべきだった。操作性の悪さが阻害因になってしまった訳だ。
原因の2点目は、これが平面で立体を表現する「念頭操作」であること。ある割合の学習者は平面展開された透視図を理解することに失敗するのだから、具体物操作を用意しなかったのはマズかった。

立方体・直方体の透視図と1立方センチのブロックが用意されている。

立方体・直方体の透視図と1立方センチのブロックが用意されている。実際の操作場面の動画はこちら

3) 最初から体積公式を知っている子は、1) 2) の混乱を尻目に最初から体積を求める式をタブレットに記入した。すでに抽象化された体積を扱っているので、答えとしては合っているのだが、1立方センチの箱を詰め込むという具体物操作に立ち戻れるか、というと、これが怪しい。式にその説明を加えた児童はほぼいなかったからだ。

操作についての説明がなく、いきなり式が導かれる。これはこれで問題。

操作についての説明がなく、いきなり式が導かれる。これはこれで問題。

3) 体積公式で解いた子どもの式は

立方体)3×3×3=27cm3
直方体)2×3×4=24 cm3立方体が大きい

ということになる。

フォロアップがたいへんそうだが、

  • 具体物操作を行った1) グループは、 1) a 表面積で解いた児童に対して、表面積と体積の大小が一致しないケースを見せて納得させる事が必要。
  • 本来必要な1) b はこの授業では誰も経験していないので、1立方センチの箱を詰め込んで見せる事が必要。
  • 念頭操作を行った2) グループは大半が操作途中で放棄したので、2) b で本来先生が望んでいた操作展開を演じて見せることが必要。
  • 抽象化された式を導いた3) グループは、具体物操作・念頭操作の段階に立ち戻って説明・表現出来るか確認が必要。

ということになる。

ICT(タブレット)利用についてまとめると、1) 具体物操作を優先させるべき今回のような事象で、念頭操作の学習材を与えてしまうと概念獲得の阻害因になりうる。2) タブレットの操作インタフェースが良くないと学習を阻害しやすくなる、ということだろう。

「タブレット上で立体図をクルクル回せても理解の足しにならない」と厳密に考えるならば、具体物操作よるハンズオンにこだわるべきだし、「具体物演示だけでも理解出来る」とするなら、タブレットで動画を見せるレベルでも許されるかもしれない。

いずれにせよ、タブレットは文具としての扱いより、教具としての扱いの方がより条件がシビアなようだ(当然皮肉で言ってるんだけど)。

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黒板にまとめられた授業の流れ。つくづく小学校の先生の板書技術は優秀だと感心する。


*1 理数系学会教育問題連絡会(2010),「デジタル教科書」推進に際してのチェックリストの提案と要望,https://www.ipsj.or.jp/03somu/teigen/digital_demand.html
改めてこの文書を見てみると、参考資料は反対論を補強する文献ばかり並べていて両論併記のレビューになっていない。
*2 佐藤誠子(2014),教授学習場面における具体物の利用とその課題~算数・数学学習に焦点をあてて~,東北大学大学院教育学研究科研究年報 第62集第2号,pp227-239.
*3 佐賀県教育センター(2003),基礎・基本の定着を図る算数・数学科指導