AI時代の子育て奮闘記子どもプログラミング

プログラミング授業案を辛口批評ー2020年小学校プログラミング教育必修化を読み解く#3

2018年ももうすぐ終わり・・・いよいよ2020年まであと1年ほど。
2020年はオリンピックよりももっともっと重要な教育改革元年!
 
このサイトでも、2020年の教育改革に盛り込まれた「プログラミング教育」について、文科省の資料および未来の学びコンソーシアムのサイトの情報をまとめてわかりやすく解説していこうと思いま・・・・す(←ちょっと弱気)。
 

シリーズ

 
本日のテーマは「プログラミング教育の授業案の辛口批評」です。
プログラミング教育案は「未来の学びコンソーシアム」が作成している「プログラミング教育ポータル」にいくつか事例が掲載されています。多くは非常に素晴らしいものではありますが、日本人の弱点が現れているものも
 
よりよい学びのためにどのようなことができるか?を考えてみたいと思います。
今回取り上げる授業案はこちらの「まちの魅⼒ PR⼤作戦」
です。

 

高い網羅性には脱帽

これは本当に壮大な授業案です。こんな授業を準備している学校の先生って本当に大変だなぁと思いました。ご苦労様でございます。
 
この授業案の素晴らしい点は
・プログラミング教育の目的
・総合的な学習の時間に適した題材
・地域との関わり

 
など、ありとあらゆることを網羅していることでしょう。
 
学習指導要領などに書かれたプログラミング教育の目的を網羅しまくっている点には脱帽です。各単元ごとに、興味深い課題を設定しそれを解決していくという流れで、完璧な授業案のように見えますが・・・
 
全体で見たときにもやもやとした気持ち悪さが残ります。いったいこれはなんなんだ?!

 

ふわっとした課題設定こそが「問題」

この授業の目標は次のようになっています。
 

●単元や題材などの⽬標
近年,多くの観光客が訪れる状況をもとに,安⼼してまちの魅⼒に触れてもらうことができるための案内の⽅法を考えることで,まちの⼀員としての⾃覚をもって⾃分とまちとの関わりを深めていくことができるようにすることを⽬指している。
※プログラミング教育ポータル「まちの魅⼒ PR ⼤作戦」より

 
意味はわかりますが、結局何がしたいのかよくわからない。1つの文章に目標を詰め込みすぎ。
 
・観光客に安心してもらうことなの?
・まちのお店に観光客を呼び込むことなの?
・まちの一員として自覚をもつことなの?
・まちとの関わりを深めることなの?
・プログラミングはどこに行ったの?
 
公務員としては合格なのでしょう。ですが、いったいどこに向かいたいのかわからなすぎるのです。

 

原因は「主語」も「目的語」もないこと

なぜこのようなフワッとした課題や目標を設定してしまうのでしょうか。
その原因は「主語」がないことでしょう。
 
「誰が」(主語)「何を」(目的語)課題だと思っているか?
 
それが一切ないのです。
 
国語では小学2年生で主語を勉強すると思います。
プログラミング教育以前に国語をしっかりやり直した方が良さそうなレベルです。

日本語は主語が省略されがちです。その結果、誰が?が曖昧な課題を設定しおかしな方向に行きがちです。
その課題、主語は誰なのか?を明確にしましょう。
 

こうすればもっと良くなる

ではどうすればもっとよくなるでしょうか?
理想は課題(テーマ)設定から子供にやらせたいところです。プログラミングコンテストで優勝するような子は自分の身の回りから、こうなったらいいのに!というものを上手く見つけています。
 
どうしてもこのテーマで授業を実施しなくてはならないという前提で考えてみたいと思います。
 

シチュエーションと主語・目的語を明確に

このように設定すれば、もっとより課題は明確になるのではないでしょうか?
 

  • まちの商店街の和菓子店さんから、あなたに相談がありました。
    最近観光客が増えてきているにも関わらず、お店はあまり儲かっていないというのです。
    あなたは観光客がお店に来てもらうようにするために何ができるでしょうか?

それ以外にも
 

  • まちの観光課の職員になりきる。
  • あなたのお家のとなりの部屋に、いつも知らない外国人が出入りしています。
    (隣がAirbnbをやっているという設定)
  • 夜、外国人観光客が外で大騒ぎをしていて眠れません。
  •  
    と、特定の職業の人になりきってもらったり、実際に困っていることを洗い出したり、いろいろ工夫ができるはずです。
     
    困っているのは誰? あなたは誰のどんな課題を解決するの?その設定をもう少しリアルにした方がいいでしょう。

     

    適当さ曖昧さを許さない

    この授業案に限らずなのですが、ゆるーい、ふわっとした課題であまり緊張感が感じられません。
     
    「小学生の課題だから、適当でいいよね。」
    「大人になったら考えられるようになってね」
    「Scratchのプログラミングだから、ある程度できないことがあるのは仕方がないよね」

    という先延ばしの感じがします。
     
    そうではなくて、「今、本気で問題を解決しようとする」態度こそがこれからの子供達に求められます。
    バリ島にあるグリーンスクールの子供達発信のプロジェクトが良い例でしょう。グリーンスクールの子供達は「本気」なのです。
    失敗を繰り返しながら本気で課題を解決しようとしています。
     
    今できることを本気で考える。適当さ曖昧さ先延ばしを許さない。
    この意識を育てることができるかどうか?がが国際競争力の差になってくるのではないでしょうか?

     

    無理にプログラミングをホメなくていい

    プログラミングにもっていくために、次のような課題設定が無理やりすぎます。
     

    ⼈気のある観光スポット,や公共交通機関においてタッチパネル式の案内表⽰が効果的な 情報発信に寄与していることに気付かせる
    ※プログラミング教育ポータル「まちの魅⼒ PR ⼤作戦」より

     
    誰に対して、何に対してどのように「効果的」なのか?は怪しいところです。根拠がなさそうです。本当は効果はないのかもしれません。紙の方が効果的だという場合だってあるわけです。
     
    このような課題設定を許していると「先生が言っているからそうなんだろう」的な悪い日本人的な(官僚的な?)発想が身につきかねません。ITは必ずしも万能ではありません。それって本当なの?と疑いを持てる子じゃないと、あっという間にこういう授業で日本人の悪い発想を身につけてしまいます。
     
    ・こういう場合はITのツールを使った方がいいよね
    ・こういう場合は紙の方がいいかもね
    ・もしかしたら人が立っていた方がいいのかもしれないよ

     
    ITとそれ以外の手段をたくさん挙げ、どれが目的に合っているかを考えるのが大事です。こういったことを考えることで「ITが解決策として向いているもの、向いていないもの」を学んでいくこと ができます。これだって立派なプログラミング教育だと思いますよ?
     
    この場合、「できるだけコンピューターを触らせる」という学習指導要領の意向には合わなくなってきますが、そこを捨てる覚悟が必要だと思います。

     

    まとめ:結局学校では無理なのか・・・

    様々な制約の中で、プログラミング教育を行おうとすることの大変さがよくわかりました。
    授業案を考えた人の立場を思えば、気持ちはわかります。
     
    ただ「きちんと考える子を育てたい」と思っている親としては、目的の曖昧さ、プロジェクトの適当さに関しては、ちょっとどうかな?と思う点がたくさんです。
     
    なんのためにやるの?
    それって本当なの?
    どうしてそういえるの?
    根拠はなんなの?
    本気で解決しようとしているの?

    これを徹底的に問いかけられる子供を育てることを学校に期待するのは難しいのだ、とがっかりした授業案でした。

伴野悠佳 / YUKA TOMONO
この記事の著者伴野悠佳 / YUKA TOMONO
教育ヲタクの1児の母。自称ニコニコキッズクリエーター。東京理科大学大学院卒。元SE。小学生の頃から教育書を読んでいた教育ヲタク。大学では、電池の素材の性質について実験とコンピューターシミュレーションを比較する研究を行っていたことがきっかけでSEになる。出産&育休後、子ども向けプログラミング教室講師、子どもたちの考える力を育てるオンライン塾の講師。